研究者紹介 – 宮本 愛喜子

宮本愛喜子

Akiko Miyamoto

神経科学
神戸大学大学院医学研究科
特命助教
2014年3月、総合研究大学院大学生命科学研究科生理科学専攻 5年一貫博士課程修了。日本学術振興会特別研究員DC2。2014年より自然科学研究機構生理学研究所研究員を経て、2017年1月より現職。
研究内容

学習における脳の情報統合メカニズムを明らかにする

私たちが何かを学ぶとき、脳の中ではどのようなことが起こっているのでしょうか?人の顔を覚えたり、青信号を見たら道路を渡るといった、いわゆる五感からの感覚情報をベースにした学習は外からの「刺激」に対して脳内の情報処理が変化した結果と言えます。これまでの脳科学の研究によって、学習の基盤となる神経細胞のメカニズムについては多くのことが分かってきました。しかしながら、学習がまさに進行している脳内において、神経細胞レベル、さらにはより細かなレベルでどのような変化が生じているのか、その詳細はまだ明らかにされていません。そこで私は2光子顕微鏡と呼ばれる顕微鏡を駆使し、ある課題を学習しているマウスの脳(特に大脳皮質)をリアルタイムに観察しています。学習に伴って神経細胞の活動や神経細胞同士のつながりがどのように変化するのか正確に知ることで、学習の神経メカニズム解明を目指します。

学習に応じて活動が変化する神経細胞

触覚は五感(視覚・聴覚・味覚・嗅覚・触覚)のひとつですが、一口に触覚と言っても、圧力を感じる圧覚、温かさを感じる温覚、冷たさを感じる冷覚、痛みの感覚である痛覚、そして筋緊張の情報を伝達する固有感覚、などがあります。このような種類の異なる感覚情報に対応するために、脳では様々な神経細胞が活動します(図1)。では多様な神経細胞の活動を、どうやって脳は統合しているのでしょうか。それを調べる手始めに、マウスに「ポール学習」という課題を学習させました。この課題では固定したマウスの前後どちらかにポール(棒)がランダムに現れ、マウスはヒゲを前後に動かしてポールの位置を認識します。前方にポールを置いたときにマウスが水をなめる反応(リッキング)をするとエサが与えられ、後ろにポールが提示されたときはリッキングしてもエサが与えられません。するとマウスは前方にポールが置かれたときのみにリッキングすることを学習します。このときマウスの脳内(おそらく大脳皮質内)では、「ヒゲが前方、後方のいずれにあるか(位置情報)」と「ヒゲが圧迫されたかどうか(接触の有無の情報)」という2種類の感覚情報を統合してポール位置を識別し、リッキングをするかどうかという学習に結びつけていると考えられます。



図1 マウス一次体性感覚野における神経細胞活動イメージング。ヒゲに対する接触刺激時に活動するtouch cell (青色)とヒゲの位置に活動する神経細胞whisking cell (ピンク色)が存在する。

こうした学習課題を行った際には神経細胞同士をつなぐシナプスと呼ばれる部分に、多様な変化(増強・抑圧、または形成・消失)が生じていることが先行研究によって知られています(図2)。したがって学習にはシナプスの変化が重要だと考えられますが、どのような種類のシナプスの変化が重要なのかは明らかではありません。そこで私は、学習しているときの脳内をリアルタイムに観察し、シナプスの変化を細部まで捉えようとしています。その鍵となるツールが、単一の細胞について従来よりも深部まで見ることができ、そのため生きたままで脳内を観察できる2光子顕微鏡です(図3)。



図2


図3

異なる種類の感覚情報を統合するシナプス結合を探索する

これまでの研究から、ある刺激から生じた信号は脳内で一様に伝わるのではなく、伝わりやすいシナプスの経路があることが分かってきました。さらに、異なる感覚情報にはそれぞれに対応する経路があることも明らかになってきています。つまり、多様な感覚刺激に対して、シナプスは柔軟にその信号を流す経路を変えて対応していると考えられます。しかし、これまでの技術では脳標本を作る必要があったため、異なるマウス個体で学習の前後の脳を比較するしかありませんでした。さらに、学習後の経路を調べても、どのシナプスの経路が学習プロセスに重要だったのか詳細は分かりません。学習時のシナプス変化をより詳細に明らかにするためには、同一個体のマウスで生きたままの脳を観察する必要があります。

そこで遺伝子改変技術によって光遺伝学的な機能を持たせた、ある特殊なマウスを用いることを考えました。このマウスの大脳皮質の神経細胞に光を直接照射すると、細胞を任意のタイミングで活動させることができます。例えばある画像を見たときに反応する神経細胞に光を照射するだけで、その画像を見ているかのような神経細胞の活動を生きたまま誘導できると考えています。また、それと同時にその周辺の微細な部分を2光子顕微鏡で観察することが可能となり、学習時のシナプス変化を高解像度で明らかにすることができるのです。たとえば前述のポール学習のような課題に対応する神経細胞があったとして、その神経細胞に光を当てることで、周辺のシナプス変化をつぶさに追うこともできます。そうすれば脳内で異なる感覚情報がどのように統合されているのか、目に見える形で分かるでしょう。こうした手法を駆使することで、私は学習のメカニズムに迫りたいと考えています。