研究者紹介 – 篠北 啓介

篠北 啓介

Keisuke Shinokita

物理学
京都大学エネルギー理工学研究所
特定助教
2013年京都大学大学院理学研究科にて博士号取得。同年京都大学物質−細胞統合システム拠点博士研究員、オランダフローニンゲン大学博士研究員、2015 年~2017 年まで日本学術振興会海外特別研究員としてドイツ・マックスボルン研究所を経て、2017年京都大学に赴任。2018年4月より現職。
主要論文
研究内容

電子の運動量を光で操る

微細化によって高性能化を可能としてきたシリコンベースの集積回路に対して、次世代電子デパイスに要求されるさらなる高速動作、大容量化の実現は微細化だけでは困難となってきています。そのため、電子の持つ電荷の自由度だけではなく、例えば、電子のスピンを情報媒体として用いるスピントロニクスが盛んに研究されています。スピントロニクスは不揮発性大容量ストレージメモリの応用を得意としていますが、一方で、高速信号処理は苦手としています。そこで私たちは、結晶内の運動量であるパレーの自由度に注目して、光を用いたコヒーレント制御によって、バレー状態の高速スイッチングの実現を目指して研究を進めています。


原子層物質中の電子がもつ新しいバレー自由度

微細化によって高性能化を可能としてきたシリコンベースの集積回路では、微細加工の限界によって、次世代電子デバイスに要求されるさらなる低消費電力、高速動作、大容量化の実現が困難となってきています。そのため、電子の持つ電荷の自由度だけではなく、より多くの自由度を利用しようという試みが行われています。最も代表的なものは、電子のスピンの向きを情報媒体として用いるスピントロニクスです。スピントロニクスは、巨大磁気抵抗効果を応用した磁気ヘッドが実用化されているように、HDDの大容量データの保存に用いられるストレージメモリとしての応用を得意としています。一方で、高速信号処理の実現に必要な高速にオンオフ動作するワーキングメモリを実現するためには、スピン以外の自由度を利用する必要があります。

私たちは、次世代電子デバイスの高速動作ワーキングメモリの新しい動作原理として機能する、バレーと呼ばれる結晶内の運動置の向きの超高速なスイッチングを目指した研究を行っています。固体中の電子の波は周期的に並んだ原子の影響を受けて、特定の波長や運動量について安定な状態となります。この安定な運動量がゼロでないとき運動量の符号が意味を持つので、運動の向きで結晶中の電子を区別することができます。この性質はバレーと呼ばれており、バレーの自由度をデバイスに応用する試みはバレートロニクスと呼ばれています。こうしたバレー自由度を持つ代表的な物質としてグラフェンがあります。グラフェンは炭素原子が六角形のハニカム格子に並んだ二次元結晶であり、有限なKと?Kのバレーの自由度をもちます。しかしながら、価電子バンドと伝導バンドが接した金属状態を示すことから、グラフェン単体では高速なバレー制御は困難であると考えられています。

二次元遷移金属ダイカルコゲナイドと呼ばれる原子層物質は、このバレートロニクスヘの展開が最も期待されている材料の一つです。原子三層からなる二次元遷移金属ダイカルコゲナイドは、グラフェンとよく似た結晶構造を持っていますが、グラフェンと異なりギャップが開いて半導体であるという違いがあります。ギャップの大きさが可視光領域の光のエネルギーに対応していることから、光を用いてバレーのKと-Kの運動量を高速にスイッチできる可能性を秘めています。ただし、電子のバレー状態を生成、検出さらには制御し、それを情報伝送、演算などの機能につなげるためには、多くの課題が存在し未だ発展途上にあります。

図 光を用いたバレー状態のスイッチング

 

電子のバレー状態がばらばらになるメカニズムの解明

私たちは、二次元遷移金属ダイカルコゲナイドのバレー状態の高速なスイッチングに取り組んでいます。実際にバレー状態を商速にスイッチングする上ではいくつかの課題がありますが、何よりもまずバレー状態が緩和するメカニズムを明らかにしなければなりません。たとえK点の運動量の揃った電子を光でつくっても、さまざまな散乱過程によって短時間で電子の運動量がばらばらになってしまうと、情報演算に用いることができなくなってしまうからです。この散乱過程は、ピコ秒の速い時間スケールで起こることが報告されています。

パレー状態の緩和メカニズムを明らかにするためには、超高速なキャリアダイナミクスを明らかにする必要があります。しかしながら、電子と正孔の再結合過程を検出する発光測定法では時間分解能が悪く、数ピコ秒より早い初期の緩和メカニズムを議論することが困難です。また、光らないダーク準位も緩和に寄与するため、発光測定と相補的な実験が必要です。そこで私たちは、発光測定法に加えて、サブピコ秒の時間分解能をもつ過渡反射測定システムを構築して、バレー状態の緩和メカニズムを明らかにする研究を行っています。従来の発光測定では電子と正孔が再結合する最終的な過程を見ているため、光で生成された電子と正孔が励起子と呼ばれるクーロン束縛した電子正孔対になるまでの初期過程を調べることができません。そのためこれまでは、励起子が生成してからのバレー緩和だけが議論されており、励起子が生成するまでの速いバレー緩和は起こっていないと仮定して議論が進んでいました。しかしながら、私たちの研究から、光で生成された電子と正孔はそれぞれ、励起子になるまでにすでにバレー緩和を受けていることがわかってきました。しかも、そのバレー緩和が電子と正孔で異なっていることも示唆されました。

この実験結果は、現在の実験の課題を明確にするものでもあります。電子と正孔がクーロン束縛される前の初期過程では、それぞれのキャリアを独立に取り扱う必要があるということは、可視領域のバンド間遷移の測定では不十分であるということです。そこで、バンド間遷移に加えて内部遷移を調べる実験を計画しています。この実験は、電子と正孔を独立に取り扱うだけでなく、ダーク準位のキャリア数も測定できることから、ダーク準位がバレー緩和におよぼす影轡や今後のバレー緩和の抑制の指針にもつながると考えています。

 

バレー自由度を用いた次世代超高速電子デバイスに向けて

今後は、これまでにわかった緩和メカニズムを基に、電界効果トランジスタのデバイス構造や、複数の試料を積層したヘテロ構造やホモ構造などの構造制御を駆使してバレー緩和を抑制していきたいと考えています。安定なバレー状態が達成できれば、最終的には、光を用いたコヒーレント制御によって、Kと-Kのバレー状態の自由自在な高速スイッチングの実現を目指していきます。スピントロニクスと相補的なバレートロニクスの確立によって、テラヘルツ帯で動作する高速信号処理が可能な次世代電子デパイスを実現していきたいと考えています。