研究者紹介 – 八幡 健三

八幡 健三

Kenzo Yahata

有機合成化学
大阪大学大学院薬学研究科
特任助教
2011年より日本学術振興会特別研究員(DC1)、2014年に大阪大学大学院薬学研究科にて博士号取得。同年よりハーバード大学化学科博士研究員を経て、2017年4月より現職。
研究室HP http://handai-seizo.jp/
主要論文
研究内容

天然の薬効成分を効率的に人工合成するために

人類は自然界に存在する動植物を薬用として利用してきました。近年の単離精製技術は、その薬効成分から生理活性物質そのものを抽出し、より純粋な医薬品として利用することを可能にしました。しかし、多くの有用な生理活性物質は天然に極わずかしか存在せず、需要を満たす十分な量が得られないため、医薬品として持続的に産業利用するには限界があります。そこで私は、天然資源からの供給に頼らずに、有機合成により人工的に生理活性物質を作り出す技術を開発することで、新たな医薬品の効率的かつ持続的な創出を目指しています。


必要な量を供給する技術

「必要なものを必要な量だけ自在に合成する」これは有機合成の理想の一つと言えます。現代の有機合成技術は、作れないものはないと言われるまでに発展してきましたが、一方で、必要な「量」を供給するという点では理想と大きくかけ離れています。現在でも有機化合物の合成は試行錯誤の連続であり、努力の末にごく少量の目的物がやっと得られるというのが現状です。自然界では様々な生物が多様な生理活性化合物を生産していますが、その中には医薬品としての利用が期待される優れた薬効を有する化合物が数多く存在しています。もしこれらの化合物を簡便に必要な量合成することができれば、これまでにない新たな医薬品開発の可能性が広がります。私はこの量を供給するカギとなるのが「官能基選択的な変換反応」だと考えています。なぜなら、保護(一時的に反応性の低いものに変換)によって選択性を確保していた従来型の合成手法では、余分な保護・脱保護という工程によって合成の効率が大幅に低下するだけでなく、保護基の選択や保護・脱保護条件の検討にかなりの労力を要するためです。さらに、最悪の場合、合成の終盤において保護基が外れずに合成経路自体の破棄、再検討を余儀なくされることもあり、保護基に頼らない官能基選択的な合成が可能となれば合成研究の効率化や迅速化が期待できます。

保護基をいかに減らすか

有機化合物の合成において望みの部位のみを選択的に変換することは、生産コストや環境への負荷の低減につながる重要な課題の一つです。これまでの有機合成は、反応性の高い壊れやすい官能基を保護することで、反応の選択性を確保していました。しかし保護基を用いるこのような手法では、保護した部位を最後に元の官能基に戻す脱保護を行う必要があります。そのため各変換の効率を高めることはできても、不必要な保護、脱保護という工程が加わるために合成全体としては効率の低下を招いていました。このような状況のもと、近年では保護基を用いない天然物合成が注目を集めていますが、それらは巧みに設計された高度な合成計画によって無保護の官能基を極力露出させない合成であり、限られた極めて高度な知識を持った研究者にしか実行できないものでした。
ではなぜ保護基を用いる合成をする必要があるのでしょうか?なぜ保護基を用いない合成は誰でもが行えるようにならないのでしょうか?この原因として挙げられるのが「官能基選択的な変換反応」の不足です。誰でもが使える実用的な官能基選択的分子変換法があれば、保護基を使わない合成は合成化学の新たなパラダイムになると考えられます。歴史的に保護基の開発が合成化学の可能性を飛躍的に高めてきた経緯があり、さまざまな保護基の存在下に用いることができる化学反応が求められ、広く研究されてきました。そのため、官能基を保護していない化合物に対して適用できる反応の開発が大きく遅れてしまいました。私はこの現状を打破し、より理想的な化学変換法による高活性な医薬品の開発を目指して研究に取り組みます。

図1 保護基を使わない合成化学

水酸基を一時的に抑える

中でも私が注目しているのが水酸基許容性の反応です。水酸基は砂糖から医薬品を含め極めて多くの有機化合物に存在しています。また、水酸基は化合物の骨格を組み立てていく足がかりとしても利用される重要な官能基です。一方で水酸基は様々な反応試薬と反応しそれらを失活させてしまうことが知られています。これまでの研究で私は水酸基と強い結合を作るジルコニウム塩を添加することで、通常では水酸基存在下には進行できない反応が円滑に進行することを見出してきました。これは反応中でジルコニウムが水酸基に結合し強い結合を作ることで他の試薬と水酸基が反応しないように見かけ上保護基のように働き、反応終了後に行う後処理でこの結合が切れるために反応全体では水酸基が全く変化していないように見えていると考えられます。残念ながら現段階ではこの現象は全ての反応に利用できるわけではなく、未だ適応範囲に制限があります。現在はこの手法の一般性を拡大する検討と共に、全く別の視点から水酸基を反応に関与できなくなる手法を模索中です。

天然物創薬への展開

これら官能基の反応性を操作する技術開発と同時に、創薬研究に必要不可欠な様々な誘導体の合成と化合物の大量供給を可能にする方法論の開発も行っています。主にガン、アルツハイマー病、HIVの治療に共通して効果的な化合物であるブリオスタチン類に着目し、そのカギとなる多様なフラグメント(部品)を合成できる柔軟で自由度の高い合成中間体の開発と、その多様なフラグメントを一様に連結することのできる官能基選択性および一般性の高いカップリング反応(部品の組み立て)の研究に取り組んでいます。特に水酸基許容性化学変換法に着目して研究を展開し、これまでの保護基に頼った非効率的な合成法を革新したいと考えています。これによって今まで薬としての利用が諦められていた有用な天然化合物を創薬の舞台に引き上げ、新たな創薬研究のかたちを作り上げたいと思います。これらの技術発展には、生物合成学など異なるメソッドからアプローチする研究者の視点も重要であるので、積極的に交流できればと思います。

図2 生理活性物質には水酸基が多く含まれる