研究者紹介 – 谷口 将之

谷口 将之

Masayuki Taniguchi

薬理学
神戸大学大学院医学研究科
特命助教
2018年3月京都大学大学院医学研究科にて博士号取得。日本学術
振興会特別研究員を経て、同年8月より現職。
主要論文
研究内容

ストレスによる脳内変化の維持機構に迫る

現代は「ストレス社会」と言われています。これだけ身近に存在するストレスは私たちの脳をどのように変化させるのでしょうか。これまでの研究により、短期的なストレスは内側前頭前皮質のドパミンD1受容体の活性化を介してストレス抵抗性を増強すること、この変化に伴い内側前頭前皮質の興奮性神経細胞の樹状突起を伸展させることを明らかにしました。一方、長期的なストレスはうつ様行動と相関して樹状突起を萎縮させることも見出しています。しかし、ストレスの長期化がどのように脳機能や構造を変化させるのか、ストレスによる脳機能や構造がどのように情動行動を制御するのか、などの主要な問題はほとんど明らかになっていません。現在、私はストレスによる転写・ エピゲノム制御やストレスによる神経回路の機能変化に羞目して、これらの問題に取り組んでいます。


ストレスの実態を行動から明らかにする

私たちは日々、社会での孤独や挫折などの心理的刺激や、細菌感染やアレルゲンなどの生物学的刺激など、様々なストレッサーにさらされています。このストレッサーは心身に歪みを生じさせ、ストレス反応を引き起こします。一般的に過剰なストレスやストレスの長期化は抑うつや記憶力の低下を引き起こし、うつ病などの精神疾患のリスク因子となります。では、ストレスはどのようにして情動行動を変化させるのでしょうか。この問題に迫るため、私は社会挫折ストレスというマウスのストレスモデルを用いて研究を進めています。

ストレスの抵抗性増強を担うドバミン系

長期的なストレスは、精神疾患のリスク因子となりますが、短期的で克服可能なストレスは、ストレスに対する馴化や回復力を高めるなどのストレス抵抗性を増強する作用があると知られます。したがって、この作用を促すことができれば、精神疾患の発症を抑えることができると考えられますが、どのようにして制御されるかについてはほとんど明らかになっていません。そこで私たちは分子生物学的手法とマウス行動試験を用いて、ストレス抵抗性の増強に関与する脳領域と分子機序を調べました。その結果、内側前頭前皮質という脳領域におけるドパミンD1受容体の活性化がストレス抵抗性の増強に重要であることを明らかにしました。さらに、内側前頭前皮質に存在する複数の細胞種のうち、興奮性神経細胞に発現するドバミンD1受容体のみがストレス抵抗性の増強に関わることも突き止めました。これらの成果は、ストレス抵抗性の増強の脳内基盤の一例を明らかにし、精神疾患創薬に新たな戦略を与えるものであると考えています。

ストレスによる神経細胞の形態制御

ストレスによる情動変化に伴い、特定の脳領域で神経細胞の樹状突起が萎縮することが示されています。特に内側前頭前皮質の神経細胞はストレスの影響を受けやすいことが知られ、複数のストレスモデルや、うつ病患者でもこの細胞変化が報告されています。そこで、ストレス抵抗性に関わるドパミンD1受容体がこの神経細胞の形態変化に関わるかについて、特殊な蛍光標識法により神経細胞形態を可視化して詳細に調べました(圏l)。その結果、短期的なストレスでは、内側前頭前皮質の神経細胞で樹状突起の伸展が誘導されること、この形態変化にはドパミンD1受容体が必須であることを見出しました。一方で、長期的なストレスではうつ様行動と相関して、内側前頭前皮質の神経細胞の樹状突起が萎縮しますが、この形態変化へのドパミンD1受容体の関与は観察されませんでした。このことから、短期的なストレスと長期的なストレスによる内側前頭前皮質神経細胞の形態変化には異なるメカニズムが関与しており、mPFCのD1受容体は短期的なストレスによる樹状突起造成に必須であることを明らかにしました。

図 単回の社会挫折ストレスによる内側前頭前皮質神経細胞の形態変化
短期的なストレスでは樹状突起が伸展するが、ストレスの反復により樹状突起が萎縮する(上は神経細胞イメ ージを示す。マゼンタ;解析対象の神経細胞、緑;神経細 胞、下は神経細胞のトレースを示す。赤;尖端樹状突起、 シアン;基底樹状突起)


ストレスの実態解明に向けて

これまでの研究から、ストレスによる抵抗性の増強にはドパミンD1受容体が重要であり、内側前頭前皮質神経細胞の樹状突起を伸展させることがわかりましたが、神経細胞の形態がどのように情動行動を制御するのかは不明です。また、ストレスの長期化によりどのようにして内側前頭前皮質神経細胞の梱状突起の形態変化が伸展から萎縮に移行するのかも明らかではありません。最近、ストレスの長期化による変化に脳内の免疫担当細胞であるミクログリアに由来する炎症関連分子が関与することが示されています。ストレスによる神経細胞の形態変化やミクログリアの活性化の増強は長期間にわたり維持されることから、転写・エピゲノム制御の関与が示唆されます。今後、次世代シーケンサー等を用いたエピゲノム解析やトランスクリプトーム解析や転写・エピゲノム制御因子の操作技術を駆使して、ストレスによる情動行動変化の分子神経回路基盤に迫りたいと考えています。将来的には、これらの研究から得られた知見を基に、ストレスが関わる精神疾患のバイオマーカーや創薬標的の探索など橋渡し研究に展開したいと考えています。