研究者紹介 – 小松 弓子

小松 弓子

Yumiko komatsu

ウイルス学・腫瘍学
京都大学ウイルス・再生医科学研究所
特定助教
2016年にニューファンドランド・メモリアル大学(カナダ)医学部バイオメディカルサイエンス研究科にて博士号取得。同年より京都大学ウィルス・再生医科学研究所にて特定研究員を経て、2017年4月より現職。
研究室HP https://t.rnavirus.virus.kyoto-u.ac.jp/
主要論文
研究内容

ウイルスも使いよう

〜ボルナウイルスベクターを癌治療につなげる試み〜

ボルナウイルスは、感染した動物に運動機能障害や気分障害を起こすRNAウイルスです。私はそのボルナウイルス特有の感染のしくみを利用し、癌治療に役立てる試みを行っています。現在、長期の遺伝子導入目的で利用されているウイルスの多くは、細胞核内のゲノムに入り込むため安全性が問題となりますが、ボルナウイルスはゲノムに入り込むことなく細胞核で持続感染できるという特性をもちます。そのため、癌治療に有効な遺伝子を人工的に組み込みベクター(運び屋)として活用できれば、標的の細胞で癌治療に有効なタンパク質や低分子RNAを安全かつ持続的に産生させることができます。本研究では、癌細胞を攻撃するストラテジーのなかに、無毒化したボルナウイルスベクターを取り入れ、癌治療への効果を検討します。


ボルナウイルス

1885年ドイツ東部のボルナという町で軍馬に大流行したボルナ病は、ボルナウイルスが中枢神経系に感染した結果おこる運動機能障害や気分障害を主徴とする神経疾患です。ボルナウイルスはヒトにも感染し病原性を持つ可能性はありますが、現在までにボルナウイルスの感染とヒト疾患との直接的な関連性は認められていません。これまでに、ウイルス学のみならず精神医学、獣医学、公衆衛生学などあらゆる分野の研究者によって多く知見が蓄積されてきました。そのなかで、ボルナウイルスそのものについての研究もすすみ、そのユニークなウイルス学的特質も明らかになってきました。

ボルナウイルスの特徴

ボルナウイルスはRNAをゲノムとして持つウイルスです。ボルナウイルスのもっともユニークな特徴をあげるとするならば、宿主となる細胞に感染する際、核内に潜り込むもののゲノムに入り込むことなく、持続的に核内に長くとどまりつづけることができるということです(*)。持続感染するウイルスの多くは、宿主細胞のゲノムに入り込んでしまうため、宿主細胞本来の遺伝子配列が乱れてしまう可能性があります。また、多くのウイルスは増殖する過程で宿主細胞を殺してしまいますが、ボルナウイルスは宿主細胞が持つ遺伝子配列を乱すことなく、そして宿主細胞を殺すことなく、持続感染できるのです。

図1 ボルナウイルスの感染メカニズム

(*) ボルナウイルスが核内で持続感染するメカニズムとして、これまでに、ボルナウイルスの複製複合体であるリボ核酸複合体(RNP)が細胞周期を通じて宿主染色体に結合することがわかっています。また、クロマチン結合因子HMGB1の働きがRNPのクロマチン上での安定性に重要であることも示されています。

図2 ボルナウイルスの利用方法

ボルナウイルスを利用する

私達はこのボルナウイルスの特徴をふまえ、外来遺伝子をボルナウイルスに搭載し、標的細胞に外来遺伝子を運び届けるベクターとして利用する試みに取り組んでいます。外来遺伝子を長期間安全に発現できるウイルスベクター「ボルナウイルスベクター」をすでに開発しており、マウスやラットの脳神経細胞で目的遺伝子を発現させることに成功してきました。さらにこれまでの研究成果から、ボルナウイルスベクターは間葉系幹細胞やiPS細胞といった幹細胞にも適用できることが分かってきました。

そこで私は、ボルナウイルスベクターの適用範囲をさらに広げ、人類の大きな死因の一つである「癌」に対しても治療目的で活用できるのかその可能性を探ることにしました。現在の癌治療において重大な課題は、治療抵抗性、再発あるいは転移に対する治療法の確立です。私は有効な治療法の確立にむけて、ボルナウイルスベクターを活用した次の二つのストラテジーを考えています。

最初のストラテジーは、新規の癌治療法として現在最も注目されている免疫療法のひとつ、キメラ抗原受容体を用いた遺伝子改変T細胞療法です。この療法は、患者さんの腫瘍免疫機能を上げるために、もともと異物を認識・攻撃する役割のT細胞を遺伝子改変し、癌細胞に発現する抗原を特異的に認識・攻撃できるよう人工受容体(キメラ抗原受容体)を作らせる方法です。T細胞へのキメラ抗原受容体の遺伝子導入には、現在、主にゲノムに挿入するウイルスベクターが利用されていますが、より安全性を高める為にも細胞の染色体に組み込まれることなく持続的にキメラ抗原受容体を導入できる新しい遺伝子導入方法の確立が必要です。その点において、ボルナウイルスベクターは安全な遺伝子導入方法の条件にフィットするツールとして期待されています。

ふたつめのストラテジーは、神経幹細胞を利用したプロドラッグ療法です。神経幹細胞は主に神経変性疾患の治療への応用が研究対象とされている細胞ですが、これまでに癌細胞へ遊走する機能を持つことが示されており、治療のための遺伝子を癌細胞へデリバリーするベクター細胞として利用する研究が進んでいます。そこで、iPS細胞へ効率良く遺伝子導入ができるボルナウイルスベクターを用いてiPS細胞に抗癌剤を有効化する遺伝子を導入し、神経幹細胞に分化させることでプロドラッグ療法に利用できるinduced neural stem cell (iNSC)を作製します。

ボルナウイルスは、生物学的にもユニークな特徴を持つウイルスで、ボルナウイルスそのものについての生物学的研究も発展してきました。私は、ボルナウイルスを人類生存のためのツールとして利活用できるよう、安全性の高い癌治療法の確立を試みます。